何を”言わざる”べきか

SNSであったりブログであったり、現代はどんな人であっても気軽に思った事を全世界に向けて発信が出来る便利な時代であります。

見る角度を変えれば、紡いだ言葉というものは自覚しているかいないかに関わらず世のあらゆる人の目に止まる可能性があるわけです。あくまで可能性の話であって、大多数は特にそんな事も無く仲間内の茶飲み話程度で終わりはするのでしょうが。

そして、一度放たれた言葉というものは取り消すことが出来ません。消してなかったことにしようとすれば逆に(何故か取られているスクリーンショットなどが拡散されて)増えるという事象もしばしば見受けられます。

また、誤りを訂正するというのも非常に労力が要ることであります。新聞等の訂正記事など気付くか気付かない程度の小さな枠であることは多く、インターネットの記事など興味を持った人が意図して探そうとしなければそもそも訂正など見てすら貰えないのです。

あるいは本人はインターネットなど公の場で発信したつもりはなくても、講演会であったり、あるいは私的な会合で話した内容ですらも、同席していた誰かの好意、好奇心、悪意、その他さまざまの理由によって伝わっていくのです。「人の口に戸は立てられぬ」ということをこれまで以上に強く感じるのではないでしょうか。

他方、「人の噂も七十五日」などと昔は言いましたが、現代では発言した記録が文章あるいは動画などの形で長く残り、いつまでも(それこそ十年以上も)多くの人の目に止まり続けることすらあります。良いケースも悪いケースも。

故に、どのようなことを言わない方がいいのか、言ってはいけないのかを適切にコントロールする自制心が今もっとも必要とされていると考えています。
すぐに情報が手に入る現代、速報性よりも正確性の方が高い価値を持つ筈です。

気安く投稿ボタンを押す前に、一呼吸。