何を”言わざる”べきか

SNSであったりブログであったり、現代はどんな人であっても気軽に思った事を全世界に向けて発信が出来る便利な時代であります。

見る角度を変えれば、紡いだ言葉というものは自覚しているかいないかに関わらず世のあらゆる人の目に止まる可能性があるわけです。あくまで可能性の話であって、大多数は特にそんな事も無く仲間内の茶飲み話程度で終わりはするのでしょうが。

そして、一度放たれた言葉というものは取り消すことが出来ません。消してなかったことにしようとすれば逆に(何故か取られているスクリーンショットなどが拡散されて)増えるという事象もしばしば見受けられます。

また、誤りを訂正するというのも非常に労力が要ることであります。新聞等の訂正記事など気付くか気付かない程度の小さな枠であることは多く、インターネットの記事など興味を持った人が意図して探そうとしなければそもそも訂正など見てすら貰えないのです。

あるいは本人はインターネットなど公の場で発信したつもりはなくても、講演会であったり、あるいは私的な会合で話した内容ですらも、同席していた誰かの好意、好奇心、悪意、その他さまざまの理由によって伝わっていくのです。「人の口に戸は立てられぬ」ということをこれまで以上に強く感じるのではないでしょうか。

他方、「人の噂も七十五日」などと昔は言いましたが、現代では発言した記録が文章あるいは動画などの形で長く残り、いつまでも(それこそ十年以上も)多くの人の目に止まり続けることすらあります。良いケースも悪いケースも。

故に、どのようなことを言わない方がいいのか、言ってはいけないのかを適切にコントロールする自制心が今もっとも必要とされていると考えています。
すぐに情報が手に入る現代、速報性よりも正確性の方が高い価値を持つ筈です。

気安く投稿ボタンを押す前に、一呼吸。

“車輪の再発明”をする意味

車輪の再発明というのは、既に存在する技術や手法を使わずにゼロから同じモノを作ろうとすることを指します。概ね無駄なことをするという否定的なニュアンスが含まれる言葉であります。

例えば製品開発においても、過去に同系統の製品設計をされているのであれば、前に倣えで既存の設計を踏襲したモノ作りをする事は多くあるかと思います。

ただし、コレが成立するのは自身が一度それを実施して確認を取ったという点を抜きにすることは出来ず、担当者が変わっても構わず前に倣えを続けて行くと、いつしか設計の本質的な部分が不明瞭になり、工夫と称して変えてはならない部分に手を入れてしまい多大な不具合を生じることもあるでしょう。

納期であったりコストであったり、さまざまな理由から実務上での再発明は避けるべきではありますが、技術革新などにより既存の手法が通用しなくなる場合は起きうるものですし、その際に”再発明”が出来るような知見や時間を確保することが、本当の人材育成に繋がっていくのではないでしょうか。

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